コンプライアンス(法令遵守)

コンプライアンス(法令遵守)。
会社が活動する上で、法令を遵守して活動しましょう、というもの。


法律や命令等をまとめて法令っていう。

命令っていうのは行政が作った法律みたいなもの。

法律は国会でしか作れない。
だけど、それじゃ活動しにくいので法律の中で委任する。
この委任があって、はじめて行政が細かいことを決められる。

行政の親玉、内閣が作る命令を政令、内閣総理大臣が作った命令を内閣府令、各省大臣が作った命令を省令という。

法律のほかに規則とか政令とか省令とか、そういうのをひっくるめて法令っていう。

コンプライアンスってのはこれら法令に反しないように活動するってのがキモ。

かといって、法令にないなら何でもやっていいという考え方は間違い。
H氏やM氏が間違えているのはここ。

H氏は別としてM氏は官僚にいて法律を作る方にいたからそんなことくらい知っているだろうと思うけど、どこかで間違えたんだろう。

日本は、成文法主義だからまず法令が優先して適用される。
成文法で書いてないことはどうするか?
ここではじめて不文法が登場する。

不文法っていうのは判例や慣習、条理といったもの。

判例は、裁判所が個々の事件ごとに判決した事例。
最高裁判所の判例を変更するには、大法廷でなければできない。
大法廷っていうのは最高裁判所の裁判官全員(15名)で裁判するところ。
判例はいろいろなところで影響を及ぼす。

法令がなければ慣習法を使う。
商法は、成文法である民法よりも慣習法を先に適用する。
慣習は、特定の人々の間で「妥当」と思われている取り決めごと、という感じ。
これが法律レベルまで高められている状態のものを慣習法といったりする。
まぁ、慣習法については、「法例」というかなり古い法律に規定されている。


法令もない。
判例もない。
慣習(法)もない。

このとき何をやってもいいのか?ってことで、H氏やM氏は「何をやってもいい」と理解した。
でも、それは間違い。

最後、条理っていうのがある。
これは曲者だと思う(笑)。

一般市民が抱く感情として、それはいいことか、悪いことか、といった道徳的な判断の中で、濃いいもの・・・。
ほとんどの人がそう思うだろうというもの。道理。
んー、むずかしい。

M氏の場合、まだ法令違反が発覚していない段階で、世間が「バチあたる」っていってたのは、世間の感情として道理に外れていると思ったから。
道理に外れているってことは、条理を遵守していない。
コンプライアンスを軽視した。
無理がとおれば、道理が引っ込む。そのまんま。


短期間にお金儲けしても、それだけで世間が嫌うわけじゃない。
世間がM氏を嫌うのは、短期間にお金儲けするために道理に外れたことをするから。
H氏もM氏もガッコの勉強はできて頭はいいのかもしれないけど、品格・品性はどうだろう。


コンプライアンスを口にするまえに、リーガルマインドを涵養すべき。
特に会社経営者は。


「常識」「非常識」をお気軽に使う経営者。
「常識」を熟知してこそ「非常識」の行動がとれる。

「非道理」を「非常識」だとおもって行動しているバカ経営者がいる。
「常識」だと思っていることが実は間違っている、ということはある。
そういうときは「非常識」な行動をとってもいいと思う。
少なくとも道理には反していない。

ただ「常識」と「道理」を勘違いして、「道理」を踏み外してしまうと、それは「非常識」ではなく「非道理」ようするに非道なのだ。
到底世間では受け入れられない。

非常識を口にするなら、常識を熟知しよう。
バカ経営者どの。


posted at 2006年06月11日 | 大阪 雨 | Comment(0) | TrackBack(0) | Blog(ブログ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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